A Nomad in Abu Dhabi

UAE首都アブダビ在住 コーヒーを愛しカフェを探し歩くノマド

匂いと記憶の密接な関係

自分は比較的、嗅覚が強い方だと認識している。

匂いと場所、匂いと人をリンクさせる記憶力にも長けていると思うので、匂いだけを嗅いで誰かを当てるクイズや、いつも通っている複数のカフェであれば、目をつぶってコーヒーを飲んだらどこのカフェのコーヒーかは当てられるくらいの自信がある。

 

先日、ふとしたことで目にした日本・京都の秋の写真。

美しい紅葉に囲まれ、なんとなく影ある情緒を感じさせる青空の下に続く石畳の道。

 

それを見た瞬間、ひどく動揺させられた。

記憶に残っている、秋の京都で昔嗅いだ匂いがわっと押し寄せてきて、自分でも制御不可能な勢いで記憶が溢れかえってきた。

 

日本で毎年、秋のはしりになる時期に漂う、あのなんとも言えない空気の匂いに対してなぜだかわからないけど毎年感じていた切なさを思い出し、胸の奥に眠っていた母国への望郷の思いもついでに掘り起こした。

一番厄介なのは、匂いで自動的に引き出される単なる記憶だけではなく、一緒に引き出されるその匂いを嗅いだ時の昔の自分の感情を思い出すことだ。

今回の件に関しては、「切ない、なんだかわからないけど寂しい」という感情が突然心にやってきたのだから、それはそれは動揺させられた。

年をとると、「切ない」だなんて感情を感じる場面が少なくなるから余計にそのインパクトの大きいことよ。

こうやって再現することで、自らその記憶や匂いの感覚を忘れまいとしているのだろうか?

アブダビは全く秋を感じさせる気配もないが、こうやって記憶の匂いだけで、すっかり日本の秋に感じる切なさを思い出し、心乱された秋の夜。