A Nomad in Abu Dhabi

UAE首都アブダビ在住 コーヒーを愛しカフェを探し歩くノマド

アブダビタクシー運転手と日本人の私

市内であれば、そこら中に走っているアブダビタクシー。

トヨタカムリのシルバー塗装で、制服を着たタクシーの運転手さんたち。

運転手は基本、男性である。たまにファミリーバンで女性運転手を見る時があるが。

 

 

アブダビという土地柄もあって、運転手さんも出身国も本当に様々。

私が今まで乗っただけでも、ジンバブエ、エジプト、シリア、パキスタン、インド、ネパール、フィリピン、ウガンダ南アフリカバングラディッシュ

なんでそんなこと知ってるかって?

 

私がタクシーに乗りこむと「一体この人は何人なんだろう?」とタクシー運転手は疑問に思うらしく、9割型の確率で、「YOUはどこからきたの?」と聞かれる。

 

アブダビでお会いした日本人の方にまだこのテーマについて聞いたことがないので、もしかしたら日本人であれば皆さんも同様に出身地をいつも聞かれているのかもしれない。

この街に生息する日本人の母数が、ほかの国籍の人々より少ないので、運転手の人たちからしたら、日本人とはっきり見極められないので、このアジア人はどのカテゴリーに入れたらいいんだろう、と不思議に思うのかもしれない。

けれどきっと中国人や韓国人やフィリピン人かな、と思ったのならば、「中国出身?」とか聞いてくるはずなので、きっと中国や韓国、フィリピン出身地ではないであろうこの不思議なアジア人は一体なんなんだ?どこから来たんだ?と思って聞かれてるんだろうか、などと思ったりする。

いや、もしかしたら単に運転手たちはおしゃべりが好きなだけかもしれない。その人の出身国のそういう国民性なのかもしれない。もしくは車を走らせて基本は会話をしない運転手という仕事で、人とのくだらないことやさりげない意味のない会話などのコミュニケーションが恋しくなるのかもしれない。もしくは、そういうスモールトークをしないと相手に失礼にあたると思って、礼儀として軽くおしゃべりする突破口が出身地トークなのかもしれない。

 

結局のところ、この質問をかましてくる真の動機は、運転手本人にしかわからない。

 

しかし、この会話をタクシーに乗るたびにするのが、私はめんどくさい。合コンで自己紹介をみんなの前でひとりひとりするときくらいのレベルで相当めんどくさい。ので、毎回この質問をされないことを祈りつつ、礼儀としての挨拶と目的地だけを告げたら、できるだけしゃべりたくないオーラを出し、窓の外をけだるげに眺め、サングラスを常にかけておく。

でも私のこの地味な努力も、あまり意味はなさない。ほぼ必ず聞かれるのだ。

 

私は日本人です、というと大概「日本なの!いいね!」とポジティブな回答が返ってくる。たまに日本と聞いて相当興奮して「日本って素晴らしい国だよね!技術が素晴らしいし未来の国だ!みんな優しいし〜」と行ったこともないけどなぜか国民を褒めちぎってくれる人もいる。(日本ではみんな優しい、と伝聞でもなく断言して言うもんだから、あなたは日本行ったことあるの?と聞くと、えっまさか〜ないよ!と堂々と答えが返ってくる謎)

また日本と答えると、「ふふ、知ってる?見て、僕たちのタクシーはトヨタだよ!ジャパンテクノロジー!」とトヨタマークがどでかく中央に居座るステアリングホイールを指差して、ウインクしながら、日本=トヨタみたくなっている人も結構いた。

総合的にまとめると、90年代に日本が受けていたような評判を今でも引きずってくれていることが多い。日本はテクノロジーがすごい、とか、日本の製造業は素晴らしいとか、日本人は几帳面で真面目で優しい、とか…

 

一通り、私の出身国が解明したら、今度はつい私が彼らの出身国を聞いてしまう。

これは私の性格なのか習性なのか、相手が努力して会話をして歩み寄ってくれているのに自分は全く歩み寄れていないことへの負い目を、残りのタクシーライドで感じ続けたくないから、なのだ。

いや、運転手はただの好奇心で軽い気持ちで聞いただけ、とか、おしゃべり好きでただのネタの1つなだけでほんとは興味ないけどただ話しているだけという可能性も十分にある、のは重々承知なのだが…なんとなくイーブンではない関係性のような気がしてしまって、つい聞いてしまうのである。

そうして私の記憶メモリーフォルダーにタクシー運転手の国名データが日々増えていく。

 

私がたまたま乗るタクシーが、という可能性もあるが、ジンバブエ出身の黒人の人が意外と多くてびっくりする。(無論ほぼ大半はインドパキスタン出身が多いが。)

そしてアフリカ出身の運転手はほぼみんな陽気で明るい。話し方も、振る舞いも。赤信号で一時停止してるときとか、後部座席へ顔をがっつり振り向けて、私の目を見て話してくる!(ていうか危ないから後ろとか向かなくていいよ!)タクシーをおりるときには「いやー、いろいろ話せて楽しかったよ!いい一日をね!」だなんてサービス業の鏡みたいなことを、屈託のない笑顔で楽しそうに言ってくれたりする。チップを払っているわけでもないのに。そう、笑顔に嘘っぽさがないのが、その言葉の価値を増幅させる。運良くアフリカ出身の運転手の人にあたると、やっぱり人間は明るく陽気にポジティブに生きていないともったいないな。と前向きな気持ちにさせてくれるから、人間が人間に与えるパワーってすごい。

 

たまに、日本について興味津々で延々と質問してきたり、そういえば日本の映画について熱く語ってくる運転手もいたな。タクシーに乗り込んで数十分、延々と日本愛を語られた時に、つい会話をまとめたくて(終わらせたくて)「そうか〜嬉しいよ日本をそんなに好んでくれていて。いつか日本をぜひ訪れてね」だなんて深く考えずに言ってしまったことがある。そして返事が「うん、いつかは行きたいと思っているんだけどね」「ビザが取れれば行きたいんだけどね」

そこでハッと気づかされる。そう、日本のパスポートみたいに、世界のほとんどどこの国へでも問題なく行けるパスポートを持っている国の人も決して多いわけではないのだ。ビザ要の国でも、情報インプットしてお金さえ払えば大抵すぐにビザがおりるような恵まれた日本のパスポート。そして物価も日本はバカ高いわけではないが、出稼ぎできている人たちの国々の給与では日本での旅行費用はおろか、日本までの航空券をとることもきっと非常にラグジュアリーなことだろう。ついつい自分の恵まれた立場を忘れて、本当にお花畑でアホなコメントをした自分に深く反省してちょっと悲しい気持ちになったりした。

 

一番面白いのは、アジア人の私と、ほぼ見た目は欧米人の息子(でもよくみるとアジアの血を感じる)が乗り込むときである。

運転手たちの困惑が手に取るように見て取れるのだ。このアジア人は、この白人の男の子のナニーなのか、それとも母親なのか。そして彼らは一番安全な方法で情報収集をする。息子に聞くのだ。「坊や、どこの国出身?」「ああそう、日本なのー!じゃあ、お父さんはどこの国?」「あーなるほどねー(君はお父さん似なんだねー)」と落ち着く。あまりにパターン化してしまっているので、息子もタクシーでその質問にはスラスラとリハーサルしたように答えることができる。

 

出身国ネタの後に、どのくらいアブダビに住んでいるの?という質問も多い。これもほんとうによく聞かれる。なぜなんだろう?これを聞いて統計でもとってるんだろうか??

 

ともあれ、私のような根が内気な人間にとって、知らない人とのスモールトークはさりげないストレスでありつつも、国も育ちも背負ってきているものも全く違う人たちが、共通言語で無意味かもしれないけどささやかな話をして小さなコミュニケーションをとれる風土があるっていうのは、きっといいことだなとも同時に思ったりする。

そういう経験は、日本ではしばらくしていない。

昔おばあちゃんの田舎の家に行くときに乗る、ローカル線の電車で必ず、突拍子もなく飴をくれたり、話しかけてくる知らないおばあちゃんおじいちゃんがいた記憶が蘇る。

人と人は、時代が変わっても、場所が変わっても、そういう薄くて軽くてほぼ意味のない一瞬のつながりで、うっすらと支え合ってるのかもしれない。