A Nomad in Abu Dhabi

UAE首都アブダビ在住 コーヒーを愛しカフェを探し歩くノマド

What do you call this in English?

うちの息子の最近の頻繁使用フレーズ。

What do you call this in English? これ英語でなんていうの?

 

機関車トーマスシリーズが大好きな息子。

(ちなみになぜかトーマスは日本語で見たがる。)

おもちゃのトーマスの石炭部分を指差して

「せきたん、って英語でなんて言うの?」と旦那に聞いてきたらしい。

 

その時点まで、旦那は「石炭」という日本語を知らなかった。

けれどラッキーなことに、トーマスのおもちゃの石炭部分を息子が指差していたから

石炭の意味がわかり、「Coalだよ」と教えたらしい。

話を聞いた私は、めっちゃお互いに言語教えあってるやん!と

旦那と息子の学びのコラボレーションを褒めておいた。

 

旦那も息子も負けず嫌い。

せきたん事件からさらに加速して、旦那は息子に負けじと日本語を勉強している。

けれど、旦那が日本語を勉強しているのを見ると、

息子は日本語のひらがな練習本を持ってきて、その隣に座り、ひらがな勉強をしだす。

ライバル心というのは、やる気に火をつけるらしい。

 

週末に、息子と仲良しのお友達のお家へお邪魔した。

プールで朝からみんなで泳ぎ、お友達のお家でみんなでランチをして、

昼からはお友達の部屋で楽しそうに子供達が遊んでいるのを聞きながら

リビングでは母たちだけでお茶をしながらおしゃべり。

 

そこで、スコットランド出身のお母さんから

「マットくんがね、今日“これ英語でなんて言うの?”って聞いてきたの。

英語でどういう名前か答えると、「これね、日本語ではこういう名前なんだよ」と教えてくれたの。すっごく面白かった!

うちの子から、これなんて言うの?とは聞かれても、これ英語でなんて言うの?は普段聞かれることがないから」と。

 

そう言われるまで全く気づかなかったが、

確かにこれ、2ヶ国語以上話す子供じゃないと持ち得ない発想で、

(シチュエーションによっては1ヶ国語のみ話す子供でもこの質問をする場合もあると思うが)

けれど毎日毎日この会話をしている私にとってはそれが普通になっていたのだ。

そういう私にとって、息子にとっての「普通」が、他の人にとっては普通ではなく、新鮮だったり、ユニークだったりする。

彼らにとっての「普通」が、私たちにとっての新鮮だったりユニークだったり。

 

誰かと会うと、どれだけ普段、自分が自分の経験に囚われているかを再確認できる。

そして同じところに違う光を差して見ることができる。それが、とっても楽しい。

 

最近は、これ日本語ではなんていうの?これ英語ではなんていうの?だけでなく

アラビア語ではなんていうの?中国語ではなんていうの?イタリア語では何ていうの?と、お友達の出身国分のバリエーションが増えてきた。

英語と日本語以外は、さっぱりわかりませんの母である。

アラビア語で何?とか言われても、全然答えられない。

でも、息子もそれをもうわかっている。

一緒に調べよ〜と2人でGoogle先生に聞いてみる。

 

私が小さい時は、何でも父と母が知っていた。

少なくとも日本語という言語について答えれないことはなかった。

2人とも読書家で日本語を豊かに使う人なので、色々な表現や言い回しもよく知っていた。

なぜだか、もうそれだけで、当時の私にとっては両親は万能の神みたいだった。

 

一方、うちの息子はもうすでに

ママにもパパにもわからない言葉はたくさんあって、

ママが英語を、パパが日本語を間違えることもあるけど、

それでいいし(っていうかそれ以上どうしようもない)

知りたければ両親と自分が調べていけばいい。そういう感覚でいるのがわかる。

 

私が育ってきた言語の世界と、息子が今育っている言語をとりまく世界はとても違う。

けれど、私の知らない世界(息子の言語の世界)がどう進んでいくのか

今からとても楽しみである。