A Nomad in Abu Dhabi

UAE首都アブダビ在住 コーヒーを愛しカフェを探し歩くノマド

お水をチンするジェネレーション

今の日本の学校の現場ではどうなのか全く知らないし

もしかしたら田舎の学校の話だけなのかもしれないが、

 

私が小学生の頃、冬になると柵に囲まれた暖房機があって

その上に「やかん」なるものが乗っていた。

そこで沸かされた湯が、お昼に食べる給食で出る

お茶をつくるお湯として使われたものだ。

雪合戦を昼休みにしたあとには、みんなの湿った手袋が柵にかけられて

ずらっと並んで干されていた。それを帰宅時にみんな取って帰る。

やかんが授業中にピーーーー!となって、

みんなで「せんせー!お湯がないでーす!」と授業中断をするのが

ちょっとイケナイコトがゆえに楽しくて、なんだかソワソワワクワクした

その雰囲気がただの5分くらいであろうとも広がった空気感を楽しんだ。

やかんの音を止めるがために、暖房機を止めに

滅多に教室の後ろにこない先生が、後ろまで歩いてきたときの違和感を

いまだに覚えている。

暖をとるために休み時間には周りに人が集中し、

暖房機の近くの席をとろうと席替えのたびにやっきになる子もいた。

 

なぜ私の少ない脳内メモリー許容量の中で

こんなことが記憶として残っているかというと

それが当時子供の私から見ても「不思議」なものだったからだ。

「不思議」だけど「当たり前」として存在するもの。

その違和感がとてつもない印象深さをもって、脳内にまだ残っている。

 

想像するに、きっと現代ではそんなことはないんだろう。

柵もないし、そもそも柵をしなければならないような暖房機もないんだろう。

やかんなんて絶対におかないし、給食のお茶は給食をつくる場所で作られるはず。

 

もちろん危機事前予知対策隊員の私としては、その流れで一向に構わないのだが

この話を自分の息子にしたらどんな反応をするのだろう?と興味深く思う。

 

ブリトニー世代の私が、マドンナを見て、

「前のジェネレーションのポップスター」と感じるように、

このやかんの話を思うのだろうか?

それとも、例えば私が学生時代に

夏目漱石の小説「坊っちゃん」を読んだときのような、

読んでる間からセピアのイメージが脳内に出てくるような

ノスタルジアを飛び越えた、昔話と現在の狭間の世界のように感じるのだろうか?

 

ある地点では同じ時点を生きるが、

親と子は同じジェネレーションを生きることはできない。

 

祖父母の戦争時代の話や、母の聖子ちゃんブームの話や私の学校のやかんの話。

その時代にその場所で生きた人しかわからない世界がある。

 

北米で育ち日本をこよなく愛する旦那は、

祖母の話も両親の話も私の話も、全てがエキゾチックで面白い、そうだ。

それは彼の育った世界にはない、全く別の世界。

それを実際に経験した人からの生きた記憶を聞けることが「すごいこと」のようだ。

 

旦那の祖父母が戦時中のダンスパーティで出会い、

国を海を超えて逢いに行くと約束しあい、

果てには結婚して、船移動がメジャーな頃に

故郷の家族や今まで培った全てをほぼ失う覚悟で祖母が移住したという話も

私にとってはまるで小説を読むかのようなロマンティックな話である。

きっと感覚としてはそれと同じなんだろう。

 

全く別の世界で生きてきたからこそ、

お互いの未知の世界の話がエキゾチックに見える。

やかんの話も、私の地元の友達にしたところで「あーそうだったねー」と

低いトーンで返されること間違いない。

だって、私たちにとっては、ただの小学校時代の冬の日常だもの。

では、息子はどうなんだろうか?これから世界をどう感じるんだろうか?

 

めんどくさがりの私は、今日も紅茶を飲む湯を沸かすのに、電子レンジを使う。

教室後ろのやかんで湯を沸かす、から

コンロでやかんにお湯を入れて沸かす、になり

ケトルでお湯を沸かす、になり、

今では「カップにお水を入れて電子レンジで1分20秒」が最終形となった。

息子が今の私と同じ歳になった時、一体どんな湯の沸かされ方になっているだろう。